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小沢一郎政治裁判はまだ現在の政治的事件である(五) 三上 治

対話風の議論から
小沢一郎政治裁判と日本の政治権力(2)

A 君は「憲法の核心は権力の問題である」と言っていたね。それは憲法(法)が政治権力の統治のための道具ではなく、権力を制限し、縛る道具であれということをいいたいわけだ。これが国民の思想となっていないというか、それが肉体かしたものとしては存在していない、それを問題にしていると理解していいか。

三上 それでいいのだと思う。ただ、それは誰しもいうことだね。なぜ、肉体化された思想としてないかということが肝心のところだね。今年は1960年の安保闘争から50年目だね。あの闘争の歴史遺産ということを話してみようか。1960年の5月20日に当時の岸内閣が安保条約の調印の強行採決をする。この採決は国会法(法律)ということでは合法的行為であるが、理念的には違法である。これに抗議して6月15日に学生たちは国会に突入し占拠した。この行為は法律的には不法侵入や占拠として違法であるかもしれないが、民主主義の実現という行為としては理念的には合法であった。この理念的ということと法律的ということが逆になっているところを注目して欲しい。理念的ということは法律の上位概念である憲法でも憲法精神でもいいけれど国民的意思としてはというようにいってもいい。でも、政治権力はこの理念のところを封殺して、法律のところだけを使って対処し、この行為を抑圧した。行為の歴史的意味を抹殺した。この理念の領域は抹殺したのである。僕はこの問題をずうっと考えてきた。法律がその上位概念と言うか、由来にあたる憲法(国民の意思的存在)を無視でき、それを問題にしないことで行為の歴史的意味を抹殺することを考えてきた。それは法律が政治権力の道具であり、その上位概念としての憲法も無視されていくのは、憲法も含めて政治権力の道具としてあることに帰着すると思えた。政治権力(統治権力)の絶対化や超権力化はそれを制限するものがないことは、憲法が在っても憲法として機能していないこと(存在していないに等しいこと)だが、それは政治権力(統治権力)の存在様式にあると思えた。
政治権力と国民の関係を含めた政治権力の存在様式ということなのだ。この政治権力(統治権力)の存在様式は抵抗が存在していないことが特徴といえる。権力のあるところに抵抗があるというのはフーコーの言説だけど、日本人には存在していない、あるいは弱いということかな。憲法は政治権力への抵抗である。その表現が憲法であるということがある。抵抗のない憲法は政治権力の道具になってしまう。

A 日本の憲法に権力への抵抗という思想が存在していない、その裏打ちがないということか。

三上 結局のところ憲法が力を持つのは政治権力(統治権力)への抵抗の存在があるからだよね。逆じゃない。憲法に力があるから抵抗があるのではない。抵抗があるから憲法が生きる(存在する)ということだ。日本では抵抗が人々の行動を律する思想的エトスとして存在していないということがある。それが言い過ぎなら弱いということだね。権力への抵抗、その思想的存在(肉体化された存在)があって、国民主権というのは意味を持つ。抵抗というのは政治権力からの自立(自由)ということと同義である。抵抗というのは権力と知と共同意識が一体となって流布されるものに疑念を持ちそれを対象化することだよね。権力の力の支配というよりは、同意形成というその生成に対する抵抗ということを自覚して欲しいのだけれど。政治権力は権威と力を持ってそれを行使し、権力の生成をするのだけれど、権威(人々が同意し、同調していくのはもの)への抵抗が必要だし、それが難しい。抵抗を権力の抑圧の体系に対する暴力的抵抗ととらえがちであるが、人々の同意(同調)を促し、それに参加をさせていく権力の生成様式の方に目をやらなければならない。そこでの抵抗ということの方が難しいわけだしね。本当に「政治と金」の問題は何か、それはどのように解決可能かという認識や構想がないと権力の繰り出してくる像に乗せられてしまう。これはね、政治の中で金はどのように集められ、使われているのか、それがどんなものか少し現実的な判断を持てば、マスメディアの報道や像など疑わしいと思う。生の存在の場での『これはおかしい』という反応や疑問を想像力で権力の動きにまで広げてみることが抵抗なのだ。むかし、想像力が権力をとるという言葉があったけど、想像力は抵抗の基盤なのだ。人権や基本権は僕らの生存の場で生きていることだが、この事件であの人はどんな運命にあうのか、その人間が権力から受ける仕打ちは、マスメディアや世間から受ける仕打ちであり、それが権力の機能する場だ。権力は裁判という救済装置があるという。裁判にかけられただけで失ったものは多い。それは裁判結果では失ったものはもどらない。だから推定無罪ということが言われるのだけど、これは行為に対する権力の判断に対する抵抗としてある。被疑者にかけられるだけで失われるものへの疑念というか、疑問があるということだ。こういう基本権は権力への抵抗なしに存在しないし、基本権の感覚や感性が権力への抵抗を可能とする。

小沢一郎政治裁判はまだ現在の政治的事件である(四) 三上 治

対話風の議論から
小沢一郎政治裁判と日本の政治権力(1)

A 日本の政治権力(統治権力)は制度《憲法》に基づいて運用されているというのが建前だが、恣意的で絶対的なものとして存在しているところがある。専制というのはそういうことだが、小沢政治裁判はそういうものか。「敵を殺せ」というのが政治の原理だが、権力者のありかたを縛るもの、制限するものが憲法の原理だが、それを建前にして、実際は恣意的に振る舞う。小沢事件でもそれが見えるということか。

三上 検察が国策捜査といわれるものをやりだしてから、こういう振る舞いが目に付くようになったといえる。いつごろということは言えないけど、日本の政治権力における官僚の力の衰退という兆候が見え初めた時期といっていい。それには色々あるだろうが、検察が政治家を見下すようになってきてからだと言える。そうした背景があるが、こうしたことがまかり通るのは政治権力(統治権力)の自己制限的な規範としての法的精神(憲法精神)が肉体化されたものとしては存在してこなかったところにあると思っている。権力者の自己規範という意味でも、国民の思想という意味でも。その意味では憲法も民主主義もまがい物はとしてはともかく、一度も存在なんかしてこなかったと思っている。法(憲法)は政治権力(統治権力)の行使を制限し、その恣意的、絶対的ふるまいを制限するものじゃなくて、政治権力の統治の道具(装置)のように存在してきたと思っている。大日本帝国憲法の統治権の規定や歴史を検討してそういう考えを強く持つようになった。そこには裁判などの僕の体験のあるけどね。政治権力が法(憲法)によって運営されるといっても、権力の担い手や国民がそれをどう考えているかで決定的に違う。権力者や権力行使を制限し、縛るものとそれを理解するか、権力者の道具(装置)として考えるのでは決定的に違うことだからね。国民主権と言う言葉があるけど、その理解をどういう風にしているかということでもいいけど。

A 小沢事件の分析としてそれをやってみてくれないか。

三上 検察が政治資金規正法違反で小沢一郎や周辺を立件しようとする。彼らはこうした表層の論理で持って、政治権力としての意図を貫徹しようとする。これは改めてのべないけどね。そうするとマスメディアは一体となってこれを利権政治批判(政界の浄化)という像に仕立てあげる。マスメディアは強いものの味方であるとは田原総一朗の言葉であるが、政治権力(統治権力)の味方という意味に理解していい。その動きに反応して権力に同調する。政治権力が絶対化するとき、マスメディアはそれに同調し、その意向を拡張、先取りして展開する。マスメディアはそれを疑い論評するというよりはその尖兵になるという傾向が強い。新聞報道などは小沢の起訴は当たり前のようにいう。そんな権限などないのに。(もちろん少数派としてそれに抵抗する部分はいる。そういう抵抗や批判がネットでは強い。これはマスメディアの衰退と関係している)。戦争とマスメディアの関係を考えてもいい。戦争を扇動したメディアのありようは形を変えて続いている。そしてそこで出来上がる像は人々にも浸透する。戦争の場合は聖戦や正義であるが、小沢事件の場合は「きれいな政治」という正義論になる。政治権力とマスメディアと人々の心的動きを構図として描いてみて欲しい。ここでマスメディアは知(知識)という存在に広げていいし、それを象徴させてもいい。統治権力―知(知識)―人々の心的動き(意識)が権力形成としてある様相がここにはみえる。正義という共同観念の生成である。統治権力は法律に違反した行為として立件し、それを通して統治権力を強化し権力の保持や絶対化の志向をするわけだけれど、それにマスメディアという知が加わり、その一体化した動きは人々の正義観(共同意識)の形成に動く。戦争は正義という共同観念の発現であるけど、統治権力の絶対化がこの正義像をとうして同意され承認されていくことでもある。この構図に権力の発現とその様式があるということだ。政治権力の絶対化と超権力化というのは抑圧的で暴力的に現象するようにみえるが、それは一面であり、そのようにはなかなか発現しない。それは政治権力が危機にある時で、本質的には人々の同意を形成というように現象する。それは聖戦や自由のためという正義をかかげてだけでなく、もっと卑小な政治の浄化のようなものをかかげるし、多様な形態をとる。人々を抑圧するというより、同意という形態で人々の意思を参加させることで権力の絶対化は進むとみなければならない。小沢事件での権力の発現をこんな風に理解して欲しいと思う。

A 君の考えはわかる気もする。反権力意識というか権力に批判的な人たちも小沢事件では検察やマスメディアの考えにやすやすと乗せられるように見える。田中角栄事件の時もそうだったけれど。きれいな政治や利権政治家批判は通りやすい言葉だし、乗せられやすい正義だけど、それを見抜くといか、そのことに批判的になるのは難しい。田中角栄事件時に比べれば検察の批判も強くなった。それは良き兆候と言えるのかもしれない。

三上 これは政治権力の本質というか、その構造がよく理解されていないためだと思う。政治権力が僕らの存在と言うか、実存とどう関係し、どんな課題としてあるかが理解されていないためだよ。フーコーは政治権力(統治権力)の絶対化や超権力化を権力の病として批判していた。彼にはファシズムやスターリン主義という時代的な経験があった。彼は政治権力のこの病と言うか動きを暴力や抑圧というところからではなく、同意形成というところから分析していた。僕らには天皇制下の政治権力の絶対化の動きの歴史がある。それを権力の動き、マスメディア(知識)動き、国民の同調という総体的動きの中で析出してきたとはいえない。そのようには天皇制的なものが政治権力(統治権力)の絶対化を進めた構造や過程を対象化しえてはいない。僕はこの歴史と言うか歴史の流れを意識している。制度的にはドイツ型の国家主導の近代化と権力体系ということが問題であるけど、制度的問題以上に政治権力(統治権力)に対する思想ということが重要なのだと思う。それは権力を開いていくという言い方でもいいが、権力の絶対化や超権力化の動きに対して権力を制限し限定づけていくという思想である。フーコーは権力のあるところに抵抗があるというけど、抵抗というのは権力を批判し、それを制限し、開いていく思想的な動きのことだ。政治権力(統治権力)が知(知識)を介在して人々の同意を得て行く、この権力の生成(生成の様式)に対象的になって抵抗を形成していくことだね。

小沢一郎政治裁判はまだ現在の政治的事件である(三) 三上 治

 4月28日に開かれた政府の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」は奇妙なものだった。アメリカ軍の占領に終止符を打ち、戦後の日本が独立を達成した記念日としたいとする趣旨であると思われるが、安倍首相はサンフランシスコ条約で承認された戦後体制の打破を政治的主張として掲げているからである。東京裁判史観の打破とか戦後憲法の改定とかは、日本の主権が回復していないことの証として主張してきたからだ。もっともこれは右翼の発言であって、戦後の保守は建前としてはそれを認めたにしても別の考えに基づいてあったといわれるかもしれない。だが、保守派の中で本流と言われたリベラル派が退潮し右翼と保守の境界線がみえなくなってきている今、この見解は通用しない。安倍首相の言動にみんなそれを感じているのだからである。

 これはアメリカや韓国や中国に向けて日本は国際的にはサンフランシスコ条約に基づいた戦後体制を保持しますというメッセージなのか。安倍の言動が外国で批判され、戦後体制への挑戦と見られることを幾分でも和らげようとしているのか。安倍政権の言動に対するアメリカや韓国等の批判に対して戦後体制を守ることを宣言したかったのだろうか。だが、誰もがこの式典が国内向けのものであり、国民に対して占領下からの脱却と日本の独立を主張したいがためのものであることはよく知っている。占領下の政治を批判し、戦後体制打破とつなげたいのである。これは憲法改正と結び付いている。ある自民党の重鎮が語ったとされる「独立した段階で憲法を改正し、国防軍を創出すべきであったという」のに連なっている。これには二重の欺瞞がある。一つは占領下の政治体制が戦争を推進した戦前―戦中の体制や権力への批判を含んでいたことの歴史性を認めないことからくるものである。戦前―戦中への反動的回帰につながるものであり、独立後の自民党が掲げた自主憲法制定が国民的に否定されてきたことを無視するのだ。もう一つは戦後の保守政治は天皇も含めて日米同盟という名のアメリカ支配を受け入れてきたのであり、そのことを覆い隠す欺瞞である、沖縄がこの日を「屈辱の日」とするのは当然である。戦後の日本が主権を回復しておらず、名目上の日米関係を対等としながら、アメリカ支配を国内的にも受け入れているのは誰もが知っている。憲法改正をいう前にこの構造を変えるべきであり、それをせずに戦後体制打破をいうのは欺瞞である。アメリカやそれと組んだ日本の権力の小沢の政治排除で僕らはそれを見てきた。安倍の欺瞞的な政治劇がこの式典であったが、奇妙であったのもそのためである。

【現状分析から見えてくること】 三上 治

1) アベノミクスはどういう幻想か

 安倍政権の登場とともに内外での強い警戒があった。これは一言でいえば、保守と右翼の境の曖昧な政権がでてきたことであり、大きくはリベラルな部分が退潮している政治状況への危機感である。民主党の政権からの退場がリベラルな部分の政治的退潮に重なって見られていることでもある。この安倍政権は登場するや、否や憲法改正などの政治的動きは後景に隠して、経済政策を前面化することで、この空気を和らげようとしてきた。実際のところは憲法改正については第96条{憲法改正の手続き}に絞り、それを準備しているし、集団自衛権行使の法的整備などを進めている(註1)。
(註1) 憲法第96条は参院選挙の争点として浮上してきている。これは今後もっと全面化してくると推察できる。どうも安倍は体調が悪くて焦っているのではないか。これは僕の推察ではあるが…。

 ただ、経済政策を前面に打ち出してきたことが予想外だったために、最も無定見なメディアの一部が後押ししたこともあって人々を惑わしているというところである。

 このアベノミクスと言われる政策は基本的には2008年のリーマン・ショックといわれた世界経済の世界恐慌的事態に対する対応策の線にあるものであり、「みんなで渡れば怖くない」式の経済政策である。要するに、国家《高度資本主義の地域の国家》が貨幣を増刷して、景気回復を図るということである。アメリカもEUも金融危機に対して国家《中央銀行》が乗り出して救済し、危機からの脱出を図ろうとしている。その世界的な動きに安倍政権が追随しているのである。アベノミクスは1)金融緩和、2)財政政策、3)経済成長戦略という三つの政策を重ねているが、1)と2)はこれまで国家的な有効需要の創出として展開されてきた政策である。これで景気が回復し、3)に結び付くというのがこれまでのイメージであり、それを総合して政治的に打ち出したものがアベノミクスである。1)と2)は経済過程にたいして国家が介入に緩慢なインフレを喚起することで、景気循環における不況期を脱し、経済の成長になって行くというのが、これまでのビジョンであった。これの中心はいうまでもなくアメリカ経済であり、幾分かはEUが担った。それはドルやユーロと言われる基軸通貨が存在したからである。(註2)
(註2)この間に円は準基軸通貨といわれてきたが、その通貨としての信用をドルやユーロのように国家的な信用ではなく、経済力にあったことは特異であり、日米関係の中でドルの補完的な意味での準と言う意味と二通りの意味があったことを確認して置く必要がある。日本はかつてのような経済的信用があるわけではないのだから円の信用は落ちれば暴落状態になりやすい。

 ドルやユーロという基軸通貨の不安が円高を呼び込んでいたが、日本も世界の動向に歩調をあわせることで、円安への修正をしたのだが、根本的には世界的な金融緩和や財政政策が緩慢のインフレではなく、リーマン・ショックの再現に至り、より深刻化した世界恐慌的な事態を招くことは避けられない。ここでは日本では国債の暴落につながる事態が懸念されているが、円が基軸通貨ではないという問題が大きく作用するように思われる。

 結局のところ、1)や2)は、経済成長戦略に結びつかないという問題が世界経済、とりわけ高度化した資本主義国ではあるがそれがあらわれる。アメリカ経済はかつて世界経済の中心にふさわしい生産力、つまりは経済的力を有していたが、その世界経済での地位は低下している。アメリカの衰退と呼ばれるものだが、この根本には経済成長から停滞に入っているのである。アメリカの停滞ハイノベーションの停滞ともいわれるが、これは基軸通貨ドルの衰退《ドル安》として歴史的には現象している。アメリカ経済もかつては高度化という高成長経済にあったが、その展望をなくしているが、依然としてこれを前提として、1)や2)の政策をとり、実際のところは国内的な財政危機を結果させているだけなのである。

 アベノミクスの将来ははっきりしていて、その構想にある経済成長戦略に結びつかず、国債暴落も含めた財政危機を招くことになると思われる。世界経済の中で高度成長を経て高度資本主義に至った地域では高度成長から成熟経済への道が不可避になる。アベノミクスでいう金融緩和も財政政策も必要はないのであり、このような財政危機《国債の残高の加速的膨化》を招き、国民生活をインフレ《物価高》で直撃するだけである。資本主義が経済成長を経て高度化した地域ではもう高度成長をというのはできなくて、持続可能な成熟経済の展開が求められている。ここが現在の経済的難所ではあるが、それは現在の世界史な課題である。アメリカは金融経済と軍事経済でこれに対応してきたが、それは経済的な衰退を免れるものではない。アメリカ、EU,日本も金融緩和や財政政策で一時的な景気保持と国家的借金の増大と言う矛盾を繰り返し深めながら、高度成長以降の歴史的段階に対する道を切り開いてはいない。アベノミクスもこの矛盾にある。


2) 東日本大震災と原発震災

 2011年の3月に東日本大震災と原発震災が発生した。この時はまだ政権交代した民主党政権の時代であったが、その対応において政治的無能ぶりをさらけだし、安倍政権登場の露払いのような役割を演じた。だが、明瞭なことは安倍政権もまた、東日本大震災の復興や原発震災の解決ということをやれていないし、そのビジョウや構想を持ってはいない。先のところで述べたアベノミクスはこれらと関係のないところで立てられている政策である。この中で特に原発震災に絞って問題を指摘したい。というのはこれは現在も進行中の事件であるといえるからだ。

 原発震災は自然災害を超えた社会的災害であり、その意味では文明史的問題である。1)原発事故は原発の存在の非倫理性を明確にした(原発は人間の存在と相入れない)。2)原発が手をつけてはいけないエネルギーであるというのはよく語られることだが、これは人間と自然の代謝関係(循環関係)を破壊するからである。3)核解放は人間の科学的営みであるから、後戻りできないという意見もあるが、共同管理のもとにそれを制限し撤退することはあり得る。4)核エネルギーの産業化が問題なのであり、産業化の制限や撤退ということを考えなければならない。5)核エネルギーの産業化は安全神話に支えられてきたが、経済の高度成長と結び付き、そのエネルギーであった。この高度成長経済の転換と核エネルギーの転換は対応している。6)原発を推進してきた権力の構造が問題である。閉じられた官僚的権力《原子力行政》、経産省と原子力ムラ。7)なぜに、政府は再稼働にこだわるか。既得権益の現在の構造。独占体の問題。8)原発保存と核兵器の関係。

 1)~8)と箇条書風に書いたが、原発問題の根本はそれが人間と自然の代謝関係の破壊である。この問題は人間と自然の歴史的関係を象徴しているが、人間が科学によって自然を克服していくという考えの限界をどうするか、という問題である。人間にとって倫理が問題になるのは人間の心的存在(精神的存在)を対象にしたときであったが、科学と言う形態での対象的活動が問題になっている。科学と技術の領域である。これは文明史的問題であり、各エネルギーの産業化は高度成長経済という段階の問題である。権力の問題は民主主義の問題である。大きくはこの三つのことを問うことが上でいう社会的災害であるということだ。これが原発問題の突き出している現在の問題である。原発は廃止されなければならない。廃炉を含めその廃止にこそ着手しなければならない。福島第一原発事故の解決と地域住民に対する賠償、子供たちに対する健康上の対策は緊急事だが、それを含めてである。原発というエネルギーからの転換は地産地消型のエネルギーへの転換に結び付かなければならないし、それは成熟経済の段階に対応したものになる。原発推進は原子力ムラなどの官僚主導で進められてきたが、この閉じられた権力構造を変えていかなければならない。

 現在も福島第一原発の事故は収束してはいないし、それは現在も進行形であることは誰もが認識している。だが、安倍政権は原発再稼働→原発保存と言う戦略を取っている。これが問題である。いつ地震に会うかも知れない懸念の中でこうした戦略に固執している。これは電力産業という独占体とそれに連なる産業界と官僚《原子力ムラなど》が既得権益を守るためにとっている道である。このことは東日本震災や原発震災からの復興という作業を遅らせている原因にもなっている。原発再稼働戦略は復興のビジョンを曖昧にし、結局のところ中途半端な政策しか提起できないからだ。


3)戦後体制脱却論と構想できない日本の行方

 安倍首相の政治構想《主張》は当面するものとしては上のところで記したものだが、もう一つ見て置かなければならないところがある。それは戦後体制の脱却論である。戦後体制脱却論は左右の立場から出てくるものであるが、右というか、保守派の立場を代表する一つとしての安倍の考えはあると言える。安倍のナショナリズム的な主張は戦後体制脱却という考えに基づいていると言えるが、憲法改正に彼が固執するのはそこに理由がある。もっとも右翼や保守派の戦後体制脱却論は多分に矛盾に満ちたものである。この点は後に細かく触れるが、世界的にも国内的にも戦後の世界体制が行き詰まりなが、その先が見えないために戦後体制脱却論は現状に対する不満を吸い上げているところがある。

 安倍、あるいは維新の橋下も政治構想が吸引力を持つのもそこに理由がある。いうならば、現状、あるいは現在の社会の変革の響きがるからだ。

 逆にいえば左の面々が戦後体制脱却論を強く打ち出せなくなっており、社会変革のビジョンを失っていることを意味している。これは期待された民主党がなすべくもなく退場を余儀なくされたことでもある。社会変革を目指した面々が言葉(政治的ビジョンや構想)を解体され、茫然自失の状態に置かれていることがある。それだけ日本の未来を構想しにくいのだが、安倍や橋下らの言説が注目される由縁である。

 右翼や保守派の戦後体制脱却論は一つの傾向であり、アメリカとの自立的な関係を形成できるのか、どうかがこの根幹にあり続けたものだと言える。保守派は戦後アメリカ軍の占領政策の払拭を戦後体制脱却の基本に据えてきた。東京裁判の否定、戦後憲法の否定がその内容である。東京裁判史観からの脱却とか、自主憲法制定とかはその主張であった。これは保守や右翼の一つの傾向であり、流れだった。これに対して戦後体制を前提にして事を進めてきたのは保守派もあり、保守本流と呼ばれたのはこちらであった。保守派の内部の新米派と反米派、ナシヨナリスト派とリベラル派というように分類されてはきたが、実際のところ複雑で錯綜していたものだった。例えば、かつて安保改定を進めた岸信介はナショナリストであるたが、反米派とはいいがたく、また、その対極にあった吉田茂はナショナリストではなかったが、必ずしも親米派ではなかった。戦後のこうした保守の内部での対立は目立たなくなって、対アメリカ関係の自立と従属が錯綜しながら深まっているというのが実際である。

 戦後体制の脱却という基盤はアメリカの戦後の支配力の衰退の中で必然として出てくるが、同時にアメリカは戦後体制の保持にあり、その枠組みの維持をめざす。日本の保守は国内的には戦後体制の脱却を言うが、国際的には日米同盟を強調する。国内で東京裁判史観の脱却や憲法改正をいうが、国際的には日米同盟強化《戦後の世界の枠組み保持のアメリカに従属》という矛盾した方法をとる。アメリカは日本の政府や政党が国内で戦後体制脱却論を言っても許容するが、アメリカとの関係や戦後世界の枠組みに触れれば厳しい対応になる。

 戦後体制脱却は世界的な展望(構想)なしに不可能だが、世界的展望ということは戦後体制という歴的段階を止揚していくことである。戦後世界体制を超えるとは高度化した資本主義を超えることであり、これは経済成長から成熟経済への道として語られることだ。さらに米ソ支配からアメリカの一極支配へと進んだこの世界関係を変えて行く道であり、例えば、東アジア共同体構想などはそのひとつである。アメリカの一極支配の世界関係を変えること、日米関係で言えば日本に自立を含めた新たな相互関係をめざすことだ。これは世界的な意味での戦後関係を止揚していくことであり、戦前への回帰ではない。例えば、東アジア共同体構想は戦前の大東亜共栄圏構想への回帰ではない。戦後関係を踏まえたものである。日本の保守は世界関係では戦前への回帰ということも含めて、アメリカの枠組み(日米同盟)以外の構想を持ってはいない。

 日本の保守に戦後体制脱却論は基本的には日本の国内体制においてのみそれを構想するという限界がもともとあるが、その場合でも戦前への回帰という構想しか描けない。これは基本的には矛盾した展望(構想)である。日本の戦前的な体制への回帰は戦後のアメリカ占領政策への反動的対応であり、彼らがそれを受け入れその基盤の中で戦後の歩みを進めてきたことを無視している。アメリカの戦後占領政策が戦前の日本の国家権力の進めた政治に対する批判として持った意味を無視しているのである。アメリカ占領政策の脱却とは戦前への回帰ではなく、その止揚なのである。アメリカの占領政策は戦前の日本の政治の否定として出てきたが、占領政策の否定とは戦前への回帰ではなくて、それを乗り越えて行くところの否定なのだ。単純な否定ではなくて、否定の否定である。ここが肝心なところである。例えば、占領政策で生まれた憲法《戦後憲法》を大日本帝国憲法に戻すのではなく、その国民主権的な言葉を現実化し、日本の国民の憲法にすることだ。戦後民主主義を真の民主主義に止揚していくことにほかならない。アメリカの占領政策の残滓としてあるアメリカと組んだ官僚の権力支配を変えることだ。戦後体制が戦前の日本の国家体制を否定したことを評価し、これを歴史的な段階としてその肯定しながら、現在から克服して行くのでなければ、戦後の生み出した肯定面からの反発もある。保守派であってもこうした戦前回帰的な言動に批判するリベラル保守はそれなりに基盤があって、今は影が薄いようにみえてもそれなりの力はある。彼らは戦後体制の否定と言う場合に戦前への回帰をいうが、これを支持するのは社会の中の少数部分であり、彼らが錯誤するほどそれは強くはないのである。

 僕らもある意味で戦後体制脱却論の立場に立っている。これは戦前への回帰ではないし、そういう反動ではない。例えば戦後民主主義の批判でもその肯定的要素を含みながら否定であり、直接的でより実質的な民主主義の実現を目指すのであり、戦前的な強権体制への回帰ではない。もっとも歴史的な回帰ということならもっと深い立場でそれをなす。例えば沖縄のことを考えればこれは明瞭である。天皇制の日本という歴史的枠組みを超えたものがその構想である。

 これについては別の機会に論じたい。アメリカからの自立(従属からの脱却)と言っても戦前の日米関係に回帰するのではなく、アメリカの戦後的一元支配の衰退の中で相互の自立的な関係を求めるのである。尖閣諸島をめぐる日本と中国の紛争のようなものにしても民族主義的、国家主義的な解決を求めないのである。アジアでの共同関係を求めるにしても戦前の大東亜共和圏の復帰ではなく、東アジア共同体は新たな関係の構築をめざす。また、憲法問題も帝国憲法の復活ではなく、国民主権の憲法の実現を志向する。戦後民主主義の直接民主主義的な深化である。ただ、こうして左派的な展望(構想)が力強さを欠いているがために右の脱却論が目立つのである。

小沢一郎政治裁判はまだ現在の政治的事件である(二) 三上 治

 戦後の日本の政治権力は国民の政治意思によって代表として選ばれたもので構成されている。という幻想態の中で存在する。国家権力は天皇の意思によって形成されているという戦前の存在とは違う。戦後憲法が国民主権をうたい、法治国家の形態をとっていることでもこのことは言えることである。幻想態としての日本国家は国民の意思によって出来あがっているということは一応のところ言えるのである。しかし、国民の意思によって構成されているはずの国家権力は果たしてそうであるのか、という疑問はいつも出てきた。現在もそうである。国家が幻想態として国民の共同意思の産物であっても、その形態を通して貫徹されるのは特殊な階級や階層の利害であり、従って国家権力はその利害によって構成されるということはある。幻想態としての国家と国家権力の構成とに矛盾はあり、そのことにいつも僕らは留意しておく必要がある。

 戦後の日本の国家権力がどのような階級や階層の利害を代表しているか、つまりはどのような階級や階層の意思を代表しているかは様々に論議されてきたことであるが、大ざっぱに言えば資本家とりわけ独占体と官僚、それにアメリカの政治権力がその実態をなしているといえる。かつて、日本の国家権力を支配しているのはアメリカの政治権力か、日本の独占体かという議論があったが、これは現在ではもう少し緻密に、言う必要がある。日本の社会の特殊な階層や団体の利害と言う意味では独占体が、政治まで含めれば官僚が関係し、それにアメリカの政治権力が関与していると言えるだろう。この三つが国家権力の構成的実体であり、彼らの意思が国家権力の実態をなしているのだ。僕らは国家が国民の共同意思として成立しているという幻想態と国家権力の構成実態との矛盾を変えなければならない、と考えてきた。国民、あるいは大衆の意思が共同の意思となり、それが国家をなし、それに矛盾のない国家権力を構成することをさしあたりの政治的な目標と考えてきた。俗に民主主義の実現であるが、政治、つまりは国家の問題で日本の大衆、あるいは民衆の政治的課題はそこに在ると考えてきた。日本における政治的革命とはそういう問題であると考えてきた。やはり、日本は未だ近代国家にあらず、法治国家にあらずということが政治領域では重要な問題であると考えてきたといえる。社会的にはいろいろのことが考えられるにしても、政治的にはそうであったのだ。民主党への政権交代の歴史的意味はそこにあったというのが僕の判断であった。多分、それが革命に匹敵されることとして期待され、また恐れられたのもそこに理由があった。

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